文と図=岸本 章弘(ワークスケープ・ラボ代表) 写真提供:株式会社コーセー
オフィスづくりの目標とプロセス
企業が事業所の移転や新設に際して新しいオフィスをつくるとき、通常は目標やコンセプトが設定され、それらを実現するためのデザインが提案されます。そのデザインの与件は、資産や経費の適正化といった定量的なものから、組織文化やブランドの構築といった定性的なものまで多岐にわたり、プロジェクトの方向性によって範囲や優先度が異なります。
そうした多様な方向性の中でも、「ワークスタイルの変革」を志向する場合は、働く人々に目標や意味を伝え、彼らの意識と行動に働きかけながら変革を促すような仕組みを構築するべく、定性的な要件を具体的な空間作りに落とし込んでいく必要があります。今回は、そうしたアプローチに取り組んだ事例を参照しながら、日々の活動を触発しながら働き方の変革を促すようなオフィス空間の構築プロセスについて考えます。
働き方を変えるためのオフィス作り
「創業60周年を経て順調な時期が続いてきた分、ぬるま湯的な体質になってきていないか。ビジネスをとりまく環境の変化や目の前の実績の厳しさを考えると、今こそ変えていかないといけない時だ」。化粧品メーカーとして知られた株式会社コーセーのプロジェクトチームが、経営トップのこんな認識を共有しながら新本社オフィスづくりのワークショップを始めたのは2007年9月、新本社の稼働が1年後に迫った頃でした。
先ず、取りかかったのは、経営層およびマネジメント層へのヒアリングをもとに、組織のコアとして維持すべき「コーセーらしさ」と、改革・改善すべき課題を抽出することでした。その作業から浮かび上がってきたのは、これまで培ってきた「個のバイタリティが牽引する組織」という構造を支えていた「誠実かつ自由でアットホーム」な組織風土が、複雑化し変化の激しい市場と、拡大する自社組織という環境に置かれることで、組織の中に負の循環が生まれ始めているという認識でした。個人主導のスタイルがかえって各人への負担を増大させる一方で、拡大する組織はセクショナリズムを生み非効率になっていく。そうなると、誠実さは守りの姿勢に、自由さは放任や責任感の欠如に、アットホームな空気は内向きの志向につながる、という危険性が見えたのです。(図1)
図1:課題認識に基づく、行動変革と空間コンセプト構築のワークショッププロセス。
このような認識に基づいて将来のあるべき姿として描かれた組織像は、「個の力が融合するチーム組織」というものでした。プロフェショナルとしての個を組織のチームワークが高めるかたちを目指すことで、本来持っている組織風土をプラス方向に育てていこうということです。そして、そのために求められる働き方を、「交わる」「共創する」「育む」という3つの「アクションテーマ」としてキーワード化しました。枠を超えて多様な人・モノ・情報に触れながら、自らを進化させる。個の力を組み合わせ、相乗効果を引き出す。個性を引き出し、人を育てる。こうした働き方を実践していこうということです。