WORKSCAPE INNOVATION

働く風景を変えていくジャーナル。それが「WORKSCAPE INNOVATION」です。次世代オフィスのコンセプトの開発・研究に長年携わってこられた岸本章弘氏がお届けします。

No.10 働き方の変革を促すオフィス構築のプロセス 2011.10.31 up!

文と図=岸本 章弘(ワークスケープ・ラボ代表) 写真提供:株式会社コーセー

新しい空間が促した意識と行動の変化

この新オフィスに移転する前、近年の事業の拡大と社員数の増加などにともなって、同社の本社オフィスは同じ日本橋エリア内にありながら3カ所に分かれていました。それらが新本社オフィスに集約されてから3年が経った今、上記のような多様な空間を使う中で、入居者の行動はどのように変化してきているでしょうか。以下では、そのトピックをいくつか拾ってみましょう。

先ず、多くの社員が実感している変化の一つは、仕事をより広い視点から見ることができるようになったことだそうです。同社には、以前からメーカーとしてモノづくりへのこだわりを持つ風土がありましたが、そうした仕事に携わる社員達は、各人の担当分野に集中する一方で、他の分野との連携や全体バランスへの配慮にはあまり意識が向かない傾向があったといいます。しかし、新本社では、開放的な環境に同居したことによって、日々の活動の中で周囲の仕事の状況を見聞きする機会が増え、互いの関係やつながりを自然に意識できるようになってきているということです。

一例を挙げると、商品デザインと宣伝の部署のように、仕事上関係があってもスペース配分の都合で別々のオフィスに入居していた部署同士のやりとりは、移転前は会議などのフォーマルなコミュニケーションが中心でした。それが、一つ屋根の下に同居するようになった今は、互いの仕事が日常的に見えることになり、臨機応変なインフォーマル・コミュニケーションが活発になっています。

また、各フロアの主動線に沿って設置されたインフォメーションコーナー(写真7-8)では、記事雑誌情報や商品情報が定期的に更新されるようになったことで、部署や職種を超えて多くの社員が多様な情報を共有するようになり、日々の交流の活性化につながっています。中でも、化粧品会社に勤務しながらも、以前は一消費者としてしか自社製品に接する機会のなかった経理や人事といった部署の社員も、インフォメーションコーナーで情報に触れ、さらにテスティングコーナー(前頁、写真3)では実際に商品に触れ、匂いをかぎ、試用できるようになるなど、組織全体にわたってより広範な経験や意識の共有が広がっています。

  • 写真7:オフィスの中心にある記事雑誌情報のインフォメーションコーナー。

    写真7:オフィスの中心にある記事雑誌情報の
    インフォメーションコーナー。

  • 写真8:出入り口付近にある商品情報のインフォメーションコーナー。

    写真8:出入り口付近にある商品情報のインフォメーションコーナー。

そして、仕事の場として、意識と行動の変化が最も実感されるのは、MDルームと呼ばれる部屋です。ここには、同社の商品が販売される店頭の空間が、リアルに再現されています。(写真9-10)新オフィス移転後から段階的に充実が図られてきたこの空間は、開発・デザインから宣伝・販売まで、多様な関連部署の社員が、自社製品が顧客の目に触れ販売される「現場」を実感し、認識を共有しながら、商品や販促活動の検討に活用しています。また、以前は会議室が中心であった経営トップへのプレゼンテーションや意思決定の場も、今ではこの空間に移ってきているそうです。

  • 写真9:デパートタイプ
  • 写真10:ドラッグストアタイプ
  • 写真9-10:MDルームの中に再現された店頭売り場。 デザインはデパートタイプとドラッグストアタイプに大別される。

「モノづくり」から「コトづくり」へ仕事を変えていくためには、「デスクワークと会議」というフォーマルな行動を、柔軟なインフォーマルスタイルに変えていく必要がある。あるいは、順番にバトンを受け渡していくリレー型から、連携しながら共に進んでいくラグビー型へと、働き方を変えていくべきである。今日、同社の中で高まっているこうした考え方とともに、「自席で集中することだけが仕事ではない」という認識は広く共有されてきており、前述のコラボレーションスペース(前頁、写真2)を中心に、臨機応変に場所を使い分けるワークスタイルが浸透してきています。

このように、日常の活動範囲の重心がデスクエリア(ソロワークスペース)から共有エリア(グループワークスペース)へとシフトし、まさにマルシェのコンセプトにふさわしい多様なシーンが見られるようになった新オフィスですが、中には期待したほど使われなかったスペースもあります。窓際に設けられた集中作業のための空間、コンセントレーションコーナー(写真11)です。移転前のオフィスでは、多くの活動が過密状態のデスクスペースで行われていたため、そうした待避場所を確保したいという要望がありました。しかし、新オフィスではコミュニケーションスペースやコラボレーションスペースが豊富につくられたうえに、自席空間も充実したため、ソロワーク空間とグループワーク空間の使い分けが進み、デスクスペース自体が集中作業の場として機能するようになり、わざわざ離れた個人作業場所を確保する必要が無くなったわけです。ただし、このスペースは今も残されていて、この本社オフィスに自席を持たない出張者などの一時滞在拠点として使われるようなり、結果的には役に立っているそうです。

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