文および図・写真=岸本 章弘(ワークスケープ・ラボ代表)
将来の現場を感じさせる仕掛け
もう一つの事例を見てみましょう。本コラムの第5回「組織を開くオフィス」でも紹介したパソナグループの本社オフィスです。こちらは、今ある現場に加えて、これから作ろうとする「未来の現場」ともつながっているオフィスです。そこにあるのは、会議室の脇に並べられた野菜の水耕栽培の棚や、ミーティングコーナーのベンチの下に隠れた苗床。至る所に「野菜工場」の試作品とも言える装置が置かれ、さまざまな野菜が成長する様子を間近に見ることができる空間です。(写真9-14)
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写真9:執務スペースの向こうに緑の庭が見える。
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写真10:廊下を歩いていても、各所に置かれたプランターが見える。
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写真11:ミーティングコーナーの隣の水耕栽培棚。
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写真12:大会議室の壁一面に設置されたショーケース内の栽培棚。
写真13-14:ミーティングコーナーのベンチの下部は引き出し構造になっており、中には暗所で育つ苗床がある。
これらは、農業分野の活性化と人材の育成に取り組む同社の事業活動の一部ですが、この分野の実際の活動の多くは、農業インターンプロジェクトや農業ベンチャー支援事業といったかたちで、日本各地の農場を中心に行われています。その一方で、農業に携わる人々が経営を学ぶための農業ビジネススクールの開催や、ここに示したような実験的な試みは、実際の現場から離れたこのオフィスで行われています。
したがって、ここで働く社員にとっては、日常の仕事環境の中で少しずつ成長していく野菜を目にすることが、離れた支援先である農場やそこで働く人々の存在を意識させるきっかけになります。また、野菜工場の取り組みは、将来の新しい農業ビジネスの姿やビジネスモデルを考える上で有効なヒントにもなっています。このオフィスをつくった当初から、植物の管理を社員自ら行うためにサポートチームが作られていますが、そうした経験とノウハウの蓄積が、今では新たなビジネス化に向かっているということで、これもそうした効果の一つでしょう。
一方、普段は農場で働きながら、農業ビジネススクールの受講のために時折ここを訪れる人々にとっては、見慣れた農場の風景とは違った新しい野菜工場を見ながら、将来の農業経営の多様な可能性を感じさせてくれる場所になっています。以前に、地方の農家の高校生が修学旅行の途中にここを訪れ、この野菜工場を見たとき、自分の将来の仕事のイメージがそれまで考えられなかった方向に広がったとの感想を漏らしたそうです。この空間が将来の新しい農業の現場を感じさせる場になっていることを示すエピソードです。
そこで働く人から、そこを訪れる人まで、同じ分野に係わる多様な人々に新たな可能性を予感させ、「未来の現場」をイメージさせる空間。本来の現場から離れた場所に作られた「実験的な現場」であることが、新しい視点や気付きを与え、発想の広がりを促し、新たなつながりを生み出す場づくりに貢献した事例と言えるでしょう。