文=岸本 章弘(ワークスケープ・ラボ代表) 写真提供=株式会社ファーストリテイリング
チームによるスピードアップと、マネジメント人材の育成
組織の課題はいつも同じではありません。ビジネスの現場では、何かが解決されても、また新たな課題が生まれます。それはファーストリテイリングであっても同様です。九段北オフィスに移転してから4年後の2010年3月、同社は再び東京本部を移転しました。東京六本木のミッドタウン・タワーの新オフィスでは、1500人を超える人が働いています。
今度のオフィスでも、新たな課題の解決に取り組んでいます。移転プロジェクトは、前回と同様に、経営トップの柳井氏から伝えられた経営課題をオフィスの課題に翻訳する作業から始まりました。そこでクローズアップされたのは、今後の海外進出を加速するため、マネジメント層の働き方の変革を通じて、組織全体を個人主導からチーム主導の働き方へと進化させることで、さらなる仕事のスピードアップを図ること。そして、グローバル経営に向けて、次世代の経営人材を社内で育てていくことでした。
このために採られたオフィス戦略の一つは、フリーアドレスから「緩やかなグループアドレス」への転換でした。それまで「選択式ワークスペース」によって個人の自律的な働き方を促してきたやり方を、部署毎に占有ゾーンを指定し、その中での座席配置などを各部署のマネジメント層に任せるというスタイルに変えたのです。その目的は、従来からの方針である自律的成長をマネジメント側からの日々の管理と指導によって支援しながら、さらにチームを意識しながら働くスタイルも身につけさせようということです。例えば、上司が育成したい部下を自分の近くに座らせ、しっかり指導するといったことや、新たに編成したチームのコミュニケーションを促すため、一定期間まとまって座らせる、といったことができるわけです。
これまでは、どちらかというと「自分で育つ」ことを要求するワークスタイルを促してきたところへ、さらに「チームとして働く」ことと、マネジメント層に対する「部下の成長を支援する」ことへの要求が加わり、そうした働き方を促す方向にオフィスの運用を変えたわけです。このことによって、マネジメント層は、自身の担当ビジネスの成果を上げることに加えて、将来の成果を上げる人材の育成の一端も担うことになりました。
空間自体の構成は、「他の人の席のそばに行って、その場で打合せを始める社員が多い」という以前のオフィスでの経験に基づいて、新しい形の可動式ワークテーブルを導入し、そのレイアウトを4席1組程度のグルーピングにとどめるようにしています。こうすることで、よく見かける長い島型のデスクレイアウトと違って、どの席の横にも通路があり、そこにやってきた相手が立つ場所が確保できます。ビジネスを加速させるためにチームとして働くことを促したはずが、それにより会議の時間が増えると本末転倒であるため、何事もまずはその場で議論してその場で決定することを心がける、というスピーディーなワークスタイルを徹底させようというわけです。
このレイアウトの効果は、オフィスのあちこちで同僚の席のそばに立って打合せをしているシーンが日常の風景、というオフィスの使われ方に表れています。(写真7)「走りながら働く」とも形容される、同社ならではのフットワークのいいワークスタイルの一端が垣間見えます。また、ICT(情報通信技術、Information and Communication Technologyの略)についても、必要な情報をその場で収集できるように各人にiPhoneを持たせ、海外とのコミュニケーションの増加に備えてTV会議システムを充実させるなど、ここでも「必要なものにすぐ手が届く」環境を整え、さらなる業務の効率化を図っています。
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写真7:一般執務エリアでは、立って打合せをする人が多い。
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写真8:実物やサンプルが充実した商品検討スペース。
前オフィスでの「必要なものがすぐそこにある空間」は
新オフィスでも踏襲されている。
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写真9:海外進出の加速に備えて、TV会議システムも多数導入。
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写真10:エントランスロビーは、来客とその場ですぐに打合せができ、
「予約待ち」などの時間をなくすために、十分な台数を確保した。
待合いからの余分な移動時間が無い。