文=岸本 章弘(ワークスケープ・ラボ代表) 写真提供=株式会社ファーストリテイリング
こうしたオフィスづくりのきっかけは、経営トップの柳井氏が当時抱いていた危機感にありました。「会社の急成長期にあるが、組織が大きくなるにつれて社員が安定した会社で働いていると勘違いしている。我が社はベンチャー企業だったはずだ。その精神を取り戻すには、ワークスタイルを変えることから始めるべきだ」というものでした。
会社が小さかった頃には、常に必要に応じて人が集まり、意見を交わしながらスピード感を持って意思決定をしていたのが、いつの間にか自分の席に座っている時間が長くなり、そこを「城」として守るような働き方になっているというわけです。そんな意識の改革を図り、常に仕事から考えて適切な場所と相手を意識して自ら動く、自律的で迅速なワークスタイルへの変革を促すためのオフィスが求められたのです。
そして、移転をきっかけに具現化されたオフィスでは、以前の島型対向式のデスクレイアウトは消え、オープンな空間の中に、柔軟に選べる場所と機能が配置され、動き回ることを前提にコミュニケーションツールの充実が図られました。全体が見渡せる大空間の中に、自由に並べ替えのできるフリーアドレス用ワークテーブル、バリエーションが豊富で大型ディスプレイなども備わった各種のミーティングスペース、常にサンプルが見える商品開発スペース、集中作業のための静かな部屋など、多様な空間の中にフレキシブルな家具と道具が設置され、無線LANと構内PHSが導入されました。(写真1-6)
写真1、2:何をするか、誰とするか、によって部門を越えて仕事場所とコミュニケーションの相手が選べる空間。
ワークテーブルもディスプレイも可動式のため、その場のニーズに応じて自由に組み替えられる。
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写真3:窓際に設けられたカジュアルな雰囲気の自由席。
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写真4:企画中のサンプルがいつでも見え、
その場で検討できる開発エリア。
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写真5:通路の一画にある「止まり木」も素早い打合せを支える。
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写真6:集中作業時にはクワイエットルームにこもる。
できあがった空間の特徴は、一言でいえば「必要なものがすぐそこにある空間」ということになるでしょう。仕事・商品・人が可視化され、必要な道具も相手もすぐに見つけられます。移転前のオフィスに比べると商談スペースの面積が2倍に拡大されるなど、コミュニケーションエリアが広くとられ、予約待ちや調整の手間が無しに、すぐに使えます。
こうして、空間と道具の選択肢を充実させ、持ち歩ける通信機器とインフラを整備した上で、意識改革への呼びかけを行った結果、社員たちは新オフィスへの移転を「自席廃止=これまでのやり方の否定」という経営者のメッセージとして受け取り、働き方を変化させていったそうです。
組織の課題を冷静に見極め、意識と行動を変革するための方策を日々の働き方の中に見いだし、目指すワークスタイルを具体的に描き、それらを確実に支える環境を用意する。そうすることによって、自分たちを自らの手で変えていく。まさに、組織の課題解決に環境のデザインを効果的に活用した事例と言えるでしょう。