文=岸本 章弘(ワークスケープ・ラボ代表) 写真提供=株式会社ファーストリテイリング
経営人材の育成という課題に対しては、新たな取り組みも始まっています。それが、ファーストリテイリング・マネジメント・イノベーション・センター(FRMIC)と呼ばれる社内研修施設と教育プログラムの新設です。今後の成長の場を海外市場に求める同社にとっては、グローバルに広がる拠点の経営を担う人材の育成が急務となっています。そこで、セミナールームやライブラリー、コーチングルームなどを備えた空間を作り、一橋大学の協力を受けながら経営人材の育成に取り組んでいます。(写真11-12)
ここでは、将来の経営人材となるためにチャレンジを続ける場として、対象者を選定し、課題を与えて異動させるといった、実践を通した取り組みの機会を与え、「経営者の入り口まで連れて行く」ためのプログラムが提供されます。また、今後の海外展開を進める過程において、一層増加する現地採用のマネジメント人材についても、同社の経営理念やビジネスプロセスの理解を促し共に働くメンバーとして成長してもらうために、彼らを呼び寄せ育成するグローバル本社としての役割も担っていくということです。こうした取り組みには、トップの柳井氏自身も相当の時間を割いているということで、その思いの強さがうかがえます。
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写真11:FRMICのセミナールームでの発表風景。
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写真12:FRMIC内のライブラリーとサロン。
組織の成長と経営環境の変化を見据え、その働き方やマネジメントの課題を常に認識しながら、必要に応じて人事戦略の方針や施策を変化させ、それらに応じて新たな手を打つべくオフィスを積極的に活用する。同社のオフィスづくりは、ワークスタイルの支援を通じて組織と人を育成する場としての空間の可能性をあらためて認識させてくれます。
人と組織を育てる場のデザイン
スピード経営を標榜しながら、人材と組織の両方の成長を経営課題として捉え、その変化と目標に応じて、二度にわたって修正してきたファーストリテイリングのオフィス戦略。この一連の事例を見るとき、経営課題のオフィス戦略への翻訳、既成概念を排した合理的な計画、そしてそれらを実行しようとする意志があれば、変化し続ける経営課題の解決において、オフィスが果たす役割はもっと大きなものになるのだと実感できます。
知識主導の経済に移行している今日のビジネス環境において、知識を生み出すナレッジワーカーの重要度はいっそう高まり、人材獲得競争も激化しています。自社の成長に不可欠な人材資源をいかにして獲得し育成するかということは、これからの経営にとって重要な課題です。しかし、業界や業種によっても人材市場の特性は異なり、一つの企業の中でも、そのビジネスや組織の成長段階によって人材戦略は変化していきます。即戦力となる人材を獲得することと、将来性のある人材を社内で育成することを、どのようなバランスで組み合わせるかによって人材戦略は変わり、それを支えるオフィス戦略も違ってきます。つまり、それぞれの組織のその時期に適した個別の解決策が必要になるということです。今回紹介したファーストリテイリングの場合は、人材の育成を働き方の変革によって加速させるべく、望ましい行動を積極的かつ継続的に支援する環境をつくる、という方策を選択したわけです。
適切にデザインされた環境は、そこにいる人々の望ましい行動を誘発し、支援します。その繰り返しによって人は作法を身につけ、その人々の集まりはひとつの組織文化を形成します。そして、それは組織にとっての社会的環境の一部となり、物理的環境との相乗効果をさらに高めます。こうした役割を、変化を続ける組織ニーズに応じて果たすことができれば、オフィスは成長するワークスタイルの支援を通して、最も高価な資源である人材の育成にも貢献できるのです。
著者プロフィール
岸本章弘 (きしもと あきひろ)
ワークスケープ・ラボ代表
オフィス家具メーカーにてオフィス等のデザイン、先進動向調査、次世代オフィスコンセプトやプロトタイプデザインの開発に携わり、研究情報誌『ECIFFO』の編集長をつとめた後、独立。ワークプレイスの研究とデザインの分野でコンサルティング活動を行っている。千葉工業大学、京都工芸繊維大学非常勤講師等を歴任。
『NEW WORKSCAPE 仕事を変えるオフィスのデザイン』(弘文堂)、
『POST-OFFICE ワークスペース改造計画』(TOTO出版、共著)。