WORKSCAPE INNOVATION

働く風景を変えていくジャーナル。それが「WORKSCAPE INNOVATION」です。次世代オフィスのコンセプトの開発・研究に長年携わってこられた岸本章弘氏がお届けします。

No.07 つながりを支えるオフィス空間と情報技術 2011.08.22 up

文=岸本 章弘(ワークスケープ・ラボ代表) 写真提供=日本マイクロソフト株式会社

写真11:デスクスペース内に配置され、チームの個性が表れた「部室」。

写真11:デスクスペース内に配置され、
チームの個性が表れた「部室」。

また、ユニークな空間としては、「部室」と呼ばれるハブ空間が部署毎に用意されています。(写真11)これは、チームスピリットの醸成を支える場所として、新本社で新たに導入された空間です。フレームとパネルで囲まれた空間の内側は、それぞれの部署が自分たちで管理し、ニーズに応じて自由にカスタマイズできます。資料を集めたライブラリーのような使い方や、機器を持ち込んだテストラボのような使い方、あるいはチームメンバーのリビングスペースのような使い方など、個性的なバリエーションが生まれています。個人が自由に動き回れる柔軟なワークスタイルを保証しながら、チームの拠り所となるオリジナルの空間も用意することによって、チームのつながりも支援しようという空間のデザインです。

さらに、こうした執務フロアの他に、「One Microsoftフロア」と呼ばれるフロアがあり、ここには社員食堂やオフィスサービスカウンター、研修室など、全社共有の施設やサービスの場が集約されています。オフィスフロアがチームのつながりの強化を意識したデザインであるのに対して、こちらは部門を越えて社員同士を引き合わせる場所として機能するように、居心地のいい集まりやすい空間としてデザインされています。(写真12-13)もちろん、このフロアも働く場所としての配慮がされており、食事時以外にも個人作業や少人数のミーティングなどに活用されています。

  • 写真12:ピクニックエリアのイメージでデザインされたカフェテリア。 オレンジと緑の壁はブレーンストーミング用の黒板になっている。

    写真12:ピクニックエリアのイメージでデザインされたカフェテリア。
    オレンジと緑の壁はブレーンストーミング用の黒板になっている。

  • 写真13:以前のオフィスでも人気の高かったファミレス型の 「ダイナーブース」は新オフィスでも多用途に使われている。

    写真13:以前のオフィスでも人気の高かったファミレス型の
    「ダイナーブース」は新オフィスでも多用途に使われている。

このように、日本マイクロソフトの本社オフィスには、自由に移動し場所を選べるからこそ、あえて立ち寄り集まりたくなるような空間が豊富に配置されています。そんなICTと空間の効果的な組合せの手本の一つと言えるでしょう。

ICTを活用することで自由度の高いワークスタイルが可能になったとき、人はどんな理由で自身の居場所を決めるでしょうか。作業のしやすい機能的な空間、仕事に必要な情報や刺激が得られる場所、あるいは協働する相手に近い場所、さらには居心地のいい場所やお気に入りの場所など、多くの理由があり、それらは刻々と変化するものでしょう。こうした多様なニーズに応じられる空間の選択肢が提供されれば、そこはもっとも働きやすい場所のひとつになります。そして、そこに人が集まり、出会いと交流が生まれることによって、人と人のつながりはさらに育っていくでしょう。

ビジネスコミュニティをつなぐオフィス

今日、進歩を続けるICTツールは、さまざまな仕事のシーンをサポートできるようになっています。ネットワークがあればどこからでも情報にアクセスができるし、デスクトップ上のTV会議システムがあれば分散したメンバーともその場で議論ができます。こうした状況が身近になってくると、「ICTがあれば、オフィス空間は最低限に縮小できる」という発想につながるかもしれません。確かに、それらのツールを活用すれば、従来のオフィスワークのかなりの部分がオフィス外でも済ませられるでしょう。その意味では、伝統的なオフィス空間の一部はICTツールで代替することもできます。

しかし、今日の仕事は以前とは違ってきています。情報処理型から知識創造型に移行するにつれて、協働作業が増えています。ビジネスに必要な連携はいっそう柔軟で複雑になり、より迅速で密度の高いコミュニケーションが不可欠になっています。協働や連携の相手は拡がり、組織内はもちろんのこと、組織外の顧客やビジネスパートナーともあらたな関係を築くことが求められます。つまり、オフィスを活動の場とするのは、単にそこに入居する組織だけではなく、その組織を核とするビジネスコミュニティにまで拡大しており、これからのオフィスにはそんな多様な人と人のつながりを支えることが期待されているのです。

そうした役割を担うオフィスのデザインにおいて、ICTと空間をどう組み合わせるかは重要な要件です。それぞれには異なる特性があります。例えば、ICTは、場所や時間に限定されずに、距離を越えて多くの人々をつなぐことができます。ただし、利用者の間には共通の環境やツールと、同レベルの使いこなしのスキルが必要であり、組織内では当たり前のワークスタイルやコミュニケーションのツールであっても、組織の外の相手にも通用するとは限りません。一方、空間は多くの人々の五感に共通に訴え、密度の高いコミュニケーションの場を提供することができます。しかし、その規模や構成はICTほど柔軟にデザインできず、その場に居合わせない人々をつなぐことは難しいです。

これからのオフィスデザインには、それぞれのそうした特性を理解しながら、ニーズに応じて両方を効果的に組み合わせることが重要です。今回の事例に見られた、先進的ICTツールを使いこなしている企業のオフィス空間の充実ぶりは、そんなICTと空間をトータルにデザインすることの意味を再認識させてくれます。

岸本 章弘

著者プロフィール

岸本章弘 (きしもと あきひろ)
ワークスケープ・ラボ代表

オフィス家具メーカーにてオフィス等のデザイン、先進動向調査、次世代オフィスコンセプトやプロトタイプデザインの開発に携わり、研究情報誌『ECIFFO』の編集長をつとめた後、独立。ワークプレイスの研究とデザインの分野でコンサルティング活動を行っている。千葉工業大学、京都工芸繊維大学非常勤講師等を歴任。
『NEW WORKSCAPE 仕事を変えるオフィスのデザイン』(弘文堂)、
『POST-OFFICE ワークスペース改造計画』(TOTO出版、共著)。

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