文および図・写真=岸本 章弘(ワークスケープ・ラボ代表)
自然を内に取り込んだオフィス空間
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図3:パソナグループ、アーバンファームを紹介するウェブサイト。
https://www.pasonagroup.co.jp/
pasona_o2/about/index.html ※現在HPは変更されています -
写真7:ビルのバルコニーにあふれるバラの植え込み。
ケースの向こうで人工光に照らされたレタスを覗き込んでいる修学旅行の高校生達。周囲には椎茸を栽培する小さな畑。受付カウンターの天井には緑の葉が茂り、その隣にはビジネスミーティングの姿が見える。
人材派遣会社として知られるパソナグループ本部の社員にとっては、こんな光景もオフィス内の日常の一コマです。東京駅から目と鼻の先という都会にあって、「アーバンファーム」と名付けられたそのオフィスは、文字通り「都市の中の農場」の機能を備えており、室内のいたるところで野菜や花が育てられています。(写真7、図3)
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写真8:1階ロビーのカフェは季節の花
(写真は花菖蒲)に囲まれ、
ピアノの生演奏もある。 -
写真9:以前は水田で、
稲刈りイベントなども開催されていた。
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写真10:1階受付カウンターの周辺。
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写真11:野菜に囲まれた2階ラウンジでの打ち合わせ風景。
パソナがこの本部オフィスをオープンしたのは2010年春のことですが、ここではグループの事業の一環として進められている農業分野の活性化を促す活動の一環として、農業の魅力を体感できる環境作りとともに、働く人の健康を支え、エコにもつながる環境づくりを実践しています。
実際にオフィスの中を歩いてみると、1階には花に囲まれたカフェや植物工場、2階にも緑に囲まれたラウンジと植物工場があり、一般の来訪者でも見学できるようになっています。(写真8-11)筆者が訪れたときも、何組かのグループが興味深げに見て回っていました。農業の現場をユニークな形でオフィス内に取り込んだことで、多くの人々を内側に招き入れ、新しい交流が生まれるとともに、自身のビジネスのスタンスを印象づける役割も果たしています。
3階から上のオフィスフロアについては一般公開されていませんが、エレベーターホールや廊下、打ち合わせコーナー、そしてカフェテリアなど、どこにいても野菜や花の存在を感じることができます。これらの野菜は社員が自ら水遣りをして育て、そして館内で食用として消費するという「自産自消」を実現しているそうです。日々の活動を通して、自然との共生、農業への興味、食への意識などを育むための環境となっています。(写真12-13)
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写真12:緑に囲まれた打ち合わせスペース。
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写真13:カフェテリアの窓からはバルコニーのバラが見える。
こうしたユニークな取り組みは、同社による農業分野における雇用創出と人材確保のためのさまざまな活動のひとつです。その他の主な活動としては、2003年から自治体や農業法人等と共同で農業研修のためのインターン・プロジェクトを毎年実施し、2007年には農業をビジネスとして学ぶためのスクールも開設しています。
同社がオフィスビル内に農場を作ったのもこれが初めてではなく、以前の本社ビルでも2005年に建物の地下2階に水田を作りました。しかし、実際に稲を育てて収穫することは易しいことではなく、初めのうちは、花は咲いても実がならないということが続いたそうです。その原因は、無風のオフィスビル内では受粉ができなかったり、雨が降らないために水田の水の酸素濃度が低かったりしたことだったのですが、そうしたことを教えてくれたのは、当時のオフィスを実際に訪れた農業関係者だったそうです。まさに、オフィスの中での新たな取り組みが、人と知識を招き入れてくれたと言えるでしょう。
ソトとのつながりを生むオフィス
ここに挙げた2つの事例は、自然の活用という点では共通していますが、異なる背景や動機に応じて独自の空間作りをしています。もちろん、それぞれのビジネスとも密接に関係しています。
自然との関係については、コクヨのエコライブオフィスは外に開くことで自然とつながり、パソナのアーバンファームは中に取り込むことによって自然とつながっています。そして、どちらのオフィスでも、そうした自然とのつながりが、オフィスのウチとソトをつなぐ役目を果たし、あらたな人のつながりを生み出すことにも貢献しています。
ただし、ただ単に自然を持ち込んで空間をつなげれば、それで自動的にウチとソトのつながりが生まれるわけではありません。どちらの事例でも、そうしたつながり作りに社員自らが関わり、その活動を継続させていくさまざまな仕掛けやイベントがあります。それらが相乗的に効果を発揮することでようやくうまくいくというものでしょう。
また、組織内外の関係作りの手段としては、自然の活用以外にもいろいろ考えられるでしょう。そもそも日々の仕事やマネジメント活動の一環として取り組むべき事項であり、維持の手間とコストのかかる自然をオフィスデザインに取り込むことの費用対効果を疑問視するむきもあるでしょう。
しかし、これらの事例に見られた空間デザインを見れば、ウチとソトをつなぐ手段として自然を活用することはさまざまな面で相性が良いことがわかります。なぜなら、自然は多くの人にとって魅力的な存在であり、季節を通じた変化を見せ、継続的な世話を必要とするからです。つまり、多様な人々に対して広範囲に働きかけながら、その効果を一過性に終わらせない潜在力をもっているわけです。そして、その潜在的な力を顕在化させ長く続かせるのが人の役割です。
今日、会社組織には外とのつながりがより必要になってきています。ビジネス上の提携や取引だけでなく、マーケティングやブランディング、そしてリクルーティングにおいても、社会との多面的なつながりがいっそう重要になってきています。そんなつながりを生み出し育てるための継続的な活動を支える場所としてオフィスをデザインできれば、その役割や可能性はもっと広がります。例えば、それが日本家屋の内と外をつなぐ縁側のような空間であれば、私たち日本人にとっては違和感なく使いこなせるのではないでしょうか。
著者プロフィール
岸本章弘 (きしもと あきひろ)
ワークスケープ・ラボ代表
オフィス家具メーカーにてオフィス等のデザイン、先進動向調査、次世代オフィスコンセプトやプロトタイプデザインの開発に携わり、研究情報誌『ECIFFO』の編集長をつとめた後、独立。ワークプレイスの研究とデザインの分野でコンサルティング活動を行っている。千葉工業大学、京都工芸繊維大学非常勤講師等を歴任。
『NEW WORKSCAPE 仕事を変えるオフィスのデザイン』(弘文堂)、
『POST-OFFICE ワークスペース改造計画』(TOTO出版、共著)。