文および図・写真=岸本 章弘(ワークスケープ・ラボ代表)
高度化するオフィスデザインへの要求
オフィスの内側に目を向けてみると、そこにはさらに多くの新しい課題があります。図2は80年代以降の日本のオフィスデザイン分野において重要視されたり話題になったりしたテーマや事項を、筆者なりに思い出しながら時系列的に整理してみたものです。
図2:時代と共に積み重なり、複雑で高度になるオフィスデザインの課題
80年代の初め頃、OA(オフィスオートメーション)のかけ声と共に、伝統的なオフィス環境の中に多くのPCとその周辺機器が導入されるようになりました。それをきっかけに、床を這う大量の配線やプリンターの騒音、天井照明のCRTモニター画面への映り込みなど、作業環境の悪化が問題になり始めました。また、PC操作にともなう肩こりや眼精疲労といったオフィスワーカーの疲労やストレスの問題もクローズアップされ、それらに対応するための人間工学的な家具のデザインにも注意が向くようになりました。
やがて、グローバル化の進行と共にビジネス環境と組織の変化が激しくなると、空間の賃料や機器の導入コストだけでなく、組織変更などの際に発生するインテリアの改装や機器の変更と移設に伴うコストも高くなり、その対応策として、「人が動いてもモノは動かす必要がない」フリーアドレスなどの新しいオフィス形態が模索されるようになりました。そして、ビジネスの重要なインフラとしてITの存在感が高まるにつれて、それらの導入から運用までを総合的に見ながら最適化することが大きな課題になってきました。
また、オフィスワークが情報処理型から知識創造型へと移行するにつれて、チームの交流と協働が重要視されるようになり、そうした活動を支える環境についてもさまざまなアイデアが提案されるようになりました。さらに最近では、優秀な人材を確保するために、オフィスで働く人々に対してメッセージを送る、内側に向けてのブランディング戦略の可能性なども模索され始めています。
写真9:組織にはそれぞれに独自の課題や文化があり、それらに相応しいオフィスがある。
こうしたいくつかの動向を全体的に眺めてみると、オフィスデザインに対する要求が、この30年でかなり高度化してきていることが分かります。それぞれの時期を思い返してみると、時代と共に旬のテーマや話題は変化してきていますが、どれも一過性の流行のように消えていったわけではありません。むしろ、それらは次々に積み重なりながら、より複雑で高度な課題となって現れてきているのです。唯一消えつつあると思われる要求項目は、インテリアに権威や階層を表す表現を取り込むことぐらいでしょうか。昔ほど、組織の階層構造や利用者の役職に応じて、家具の外観や機能に差を付ける(つまり、偉そうに見せる)といったことは求められなくなってきました。
全体としては、以前から重要視されてきた空間の効率アップやハードウェアのコストダウンの要求は、今後とも緩むことは無いでしょう。その一方で、オフィスワーカーの行動や感性に働きかけ、新たな知識創造や組織の求心力づくりにオフィス空間を貢献させようとする取り組みも広がっています。かつてはコストセンター(注)とだけ見られていたオフィス空間が、ビジネスの戦略的資源としても認識されつつあるわけです。こうしたことも、今後のオフィスデザインに求められる方向性の一つを示していると言えるでしょう。
画一的な空間の中に、グレーのスチールデスクと事務用回転椅子を、組織図の形そのままにレイアウトする。かつてはそんな作り方が当たり前だった日本のオフィスも、今では多様で個性的になってきています。(写真9)次回以降のコラムでは、さまざまな動向の中から各論的にテーマを取り上げ、より身近な事例なども参照しながら、これからの働き方とオフィスの変化について考えていこうと思います。よろしくおつきあいください。
著者プロフィール
岸本章弘 (きしもと あきひろ)
ワークスケープ・ラボ代表
オフィス家具メーカーにてオフィス等のデザイン、先進動向調査、次世代オフィスコンセプトやプロトタイプデザインの開発に携わり、研究情報誌『ECIFFO』の編集長をつとめた後、独立。ワークプレイスの研究とデザインの分野でコンサルティング活動を行っている。千葉工業大学、京都工芸繊維大学非常勤講師等を歴任。
『NEW WORKSCAPE 仕事を変えるオフィスのデザイン』(弘文堂)、
『POST-OFFICE ワークスペース改造計画』(TOTO出版、共著)。