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ウェブ上のニュースやブログ、テレビ番組などで急成長しているベンチャー企業、スタートアップ企業のオフィス風景が映ると、その華やかさに驚くこともあるかもしれません。まるでジャングルかと思うような観葉植物であふれるオフィス、キッズスペースのようにカラフルなオフィス、談笑できるソファが置かれたスペースや立ったまま仕事するようなスペース。
それらの最新のオフィスには、ただおしゃれだったり、先進的なだけではない理由があるようです。
仕事場と食事は150フィート以上離れてはならない
昭和の時代のオフィスといえば、色合いは基本的にグレー。無味乾燥なデスクがぎっちりと詰め込まれ、「働く場所に余計なものは一切必要ない」という雰囲気がありました。オフィスだけではなく、工場なども「効率」が徹底的に重視され、無駄は排除されていました。休憩スペースは、隅っこに申し訳程度。そんな考え方は古くなっているようです。働く人のために、休憩スペースを充実させるのは当たり前です。そんななかでも目を引くのは、ベンチャー企業やスタートアップ企業のオフィスです。大企業でも、「ジャングルのように緑がいっぱい」「カラフル」「談笑するソファスペースや立ち机なども多い」「通常の執務机も広く、隣との間に余裕がある」、そんなオフィスが増えているように感じられます。
Googleの創業者であるラリー・ペイジ氏は「仕事場と食事は150フィート以上離れてはならない」という信念があったそうです。これはなにもラリー・ペイジ氏が食いしん坊だったという話ではありません。「仕事中でも思い立ったときに、軽食でも取りながら、部署を超えたコミュニケーションを取るほうが、企業にとって有益だ」と考えたからです。よく生産性向上などの観点で、社内の他部署とのコミュニケーション活性化などが課題に挙げられます。ITツールを活用したり、懇親会を設けたり、談話室を設けたりとさまざまな対策がありますが、「食事を取れるようにする」ことで、「そこに集まる理由」を提供しているのです。
だから、仕事場と食事は150フィート以上離れてはならない、というわけです。
社員食堂が見直されている理由
健康計測機器の製造販売で有名な株式会社タニタの「社員食堂のレシピ本」がヒットしたのは、2011年から2012年のこと。それまで社員食堂といえば、近隣に食事ができる場所がない工場や大企業の自社ビル内に設置されるケースがほとんどでした。「安価に食べられる」「会社から出ないで食事を済ませることができる」といった、利便性が重視されていたわけです。しかし、効率化を進めるにあたり、社員食堂は「削減対象」となり、減少傾向にあったのです。
タニタ食堂はそこに「健康」という価値を加えたといえます。昨今の「ウェルビーイング」の考えもあり、社員食堂を改めて検討する、導入する企業も出てきています。かつての「安く、便利」に加えて、美味しく楽しい食事、健康的な食事といった付加価値が加えられています。
福利厚生に加えて、従業員の健康に配慮し、前述のコミュニケーション活性化にもつながると言えるでしょう。古くはそういったコミュニケーションは酒席で培われていたかもしれません。しかし、それだけではなく、改めて「社食」が見直されているのかもしれません。
また、企業単位ではなく、オフィスビル単位で食堂を用意し、入居企業が共同で使用できる「社食」も生まれています。
ジャングルみたいなオフィスには、ちゃんとした理由がある
オフィスにおける「食事の環境」はさまざまな効果がありそうです。では、あのジャングルのような観葉植物はどうでしょう。実は、これには科学的な根拠があると言われています。
脳科学者の澤口俊之氏はその著書「仕事力が劇的に上がる「脳の習慣」のなかで、「緑が多いオフィスでは、生産性が15%向上する」と述べています。また「ラベンダーの香りは集中力を向上させる」という研究成果もあるようです。
コンクリートが多い都市内と緑豊富な公園内で歩くことの比較でも、都市内で短期間歩いても認知機能は向上するどころかかえって低下する傾向があります。一方、緑のある公園内では短時間歩くだけで不安感や焦燥感が軽減しつつ前頭前野の日機能が向上します。また、あえて歩かなくても、身近な緑環境(庭など)で過ごすだけで記憶力を一時的にも20%も向上させることができます。(144ページより)
この生産性向上には職場で緑が豊富だと協調性や集中力が高まることが相当に寄与しているようです。実際、豊富な緑によって職場満足度や集中力が大幅に高くなったと社員たちは自己報告していました。(146ページより)
他にも、オフィスの照明によって生産性が変わるという研究が、大成建設や早稲田大学基幹理工学部でも行われています。
ヘミングウェイは、立ったまま「老人と海」を書いた
オフィスのスタイルとしては、注目されているものに「スタンディングスタイル」があります。椅子に腰掛けるのではなく、立ったまま、あるいは立ち姿に近い状態を維持するスタンディングスツールなどを用いて仕事をするスタイルです。オフィス家具としてスタンディングデスク、スタンディングスツールは人気商品にもなっています。同じ姿勢で座り続けることの弊害は明らかであり、ウェルビーイング、健康の観点でも、「立ったまま仕事をすること」も導入する企業が増加傾向にあります。
同じ姿勢で座りっぱなしが健康上良くないことは自明です。エコノミークラス症候群の危険性が高まるだけではなく、腰痛の一因にもなります。ウェルビーイングの観点からも、スタンディングスタイルのデスクを用意しておくことも、これからのオフィスには必要なことに思えます。
実は、過去の偉人の中には、「立ったまま働いた人」が案外存在します。まずアーネスト・ヘミングウェイ。『武器よさらば』、『誰がために鐘は鳴る』『老人と海』などで知られる、20世紀を代表するアメリカ文学の巨匠ですが、その執筆活動のほとんどは、立ったままだったと伝えられています。
他にも、ナポレオン・ボナパルト、ウィンストン・チャーチル、アメリカ合衆国第三代大統領トーマス・ジェファーソン、なども、立ったまま仕事をしたと伝えられています。「スタンディングスタイル」は古くから知られていたようです。
オフィスは効率性重視から、ウェルビーイングの時代に
かつてのオフィスは効率性を追い求めていました。単位面積あたりでどれだけの利益を生むか、つまりいかに多くの従業員をオフィスに集め、働いてもらうかがポイントだったのです。しかし、本記事で示したように、それは逆に生産性を落とす可能性が高いのだといえます。一見無駄に見える軽食が食べられる雑談コーナー、無駄にスペースを消費する多くの観葉植物、手間とコストがかかる社員食堂、立ったまま働けるデスク。どれも、かつての「効率化」とは程遠いものです。しかし、さまざまな観点から「それらが生産性に関与する」ことはわかってきています。一見、遊びに見える、無駄に見えるオフィスにも、生産性向上、ウェルビーイングに貢献するものが多く含まれているのです。
オフィスに求められるものが大きく変容しているといえるでしょう。