WORKSCAPE INNOVATION

働く風景を変えていくジャーナル。それが「WORKSCAPE INNOVATION」です。次世代オフィスのコンセプトの開発・研究に長年携わってこられた岸本章弘氏がお届けします。

No.06 多様な活動を支える集いの場としてのオフィス 2011.07.25 up

文と写真=岸本 章弘(ワークスケープ・ラボ代表)

多様な人と活動を受け容れる「吉本村」

新たにオフィスとして再生されたこの場所は、再びの「開校」からすでに3年を経て、東京本部で働く社員だけでなく、周りの多様な人々を巻き込みながら活気ある場所に育っています。

例えば、以前のオフィスと変わったことのひとつは、ここに移ってから所属タレントや番組制作者達の出入りが増えたことでした。もともと彼らの仕事場は劇場やスタジオであり、打ち合わせなどにオフィスを訪れることはあっても長居することはありませんでした。ところが、このオフィスでは自由に使える場所があるために居心地が良く、全体的に滞在時間が長くなっています。オフィスには珍しい畳敷きの部屋(写真14)などは、ネタの稽古にも使われています。

  • 写真10

    写真10:オフィスエリアは、教室と廊下の壁を取り払ったオープンな空間。

  • 写真11

    写真11:天井のユニークな照明器具は、大阪の地下鉄御堂筋線の主要駅ホームにあるものを再現した特注品。

ここで働く社員にとっては、こうした活動を日常的に垣間見ることが、自分たちが支える「現場」を身近に感じることにつながっています。特に、新入社員にとっては、それまでテレビ等でしか見たことの無かった所属タレントの姿を目の前にしながらあらためて自分たちの役割を実感するなど、教育的な効果も大きいといいます。もちろん、当初のオフィス移転の動機となっていた組織の一体化についても、分散していたグループ各社が同じフロアに隣り合って入居することによって、社員間の交流が活発になり社内の雰囲気も良くなったということです。

また、ここに同社を誘致した新宿区の期待に応え、地域の人々にとってもなじみのある小学校の建物を、街に開かれた活動拠点とすることによって、コミュニティとのつながりも広がっています。歌舞伎町のまちづくりを推進するタウンマネジメント組織(歌舞伎町タウンマネジメント)には、建物の一部を事務局スペースとして無償提供(水道光熱費も負担)しながら、自らも組織のメンバーとして参加しています。そして、町の集会への協力など、さまざまな形で地域と連携した活動を行っています。(注2)

こうして、多種多様な活動を受け容れながらオフィスが成長するにつれて、当初の想定以上に多くの人々が自由に出入りするようになり、活気のある「村」のような場が育ってきています。今となっては、こんな場所はそう得られるものではないということで、同社にとっての目下の懸念は、10年間の契約満了時に、今のオフィスと同様の立地条件や機能要件を満たしながら、この「吉本村」の「気」を引き継いでいけるような移転先が見つかるだろうか、ということだそうです。

  • 写真12

    写真12:メモ台付き椅子を並べた研修室。

  • 写真13

    写真13:会議室のサインも「3組」と学校風。

  • 写真14

    写真14:畳敷きの「わびさび室」。

(注2)地域と連携した活動としては、区立大久保公園でのテント劇場、新宿区主催の小学生の漫才大会などが挙げられる。次のTOKYO MXのURLには、「ちびっこ漫才大会」の様子がレポートされている。 http://www.youtube.com/user/tokyomx#p/search/2/O58SemErl3A

「集う場所」の新たな役割

この吉本興業の事例から気づかされるのは、今日のオフィスにはあらためて「集まる場所」としての役割の重要度が高まっているということです。そもそも、こうした役割について、これまではあまり意識する必要がありませんでした。従来は、仕事をするためには、安定した組織のメンバーがいつも同じ場所で同じ時間にデスクに向かうためのオフィスに集まることが当たり前だったわけです。そこでは、日常の仕事やつきあいを通して、互いを知りコミュニケーションを交わす機会がありました。

しかし、そんな伝統的な「デスクワークのために集められた場所」としてのオフィスの役割が、仕事と技術の変化とともに、確実に変わりつつあります。仕事の中心が「分散できるソロワーク」から「集合が求められるグループワーク」へと移行し、行動と空間の間にミスマッチが起こり始めていることは、以前にも指摘したとおりです。(注3)

今日のように、組織が流動的になり、個人も容易に分散できる、という状況において効果的なグループワークを実現するためには、メンバー間の相互理解の機会を増やし、共通の経験を通じた暗黙知の交換と共有を促すことが必要です。そうした活動を支えるために、人々を惹き付け、より積極的に「交流」と「協働」を支援する場所として、オフィスの役割の重要性が高まっているのです。

そして、この交流や協働の相手や、そのための活動が多様化するほどに、それに見合った機能や設えの場所が必要になります。先の吉本興業の場合には、そうした相手は社外のビジネスパートナーやメディア関係者にとどまらず、地域の行政や住民まで広がっており、オフィスにはそのための柔軟な使い方のできる環境も備わっています。オフィスが多様なステークホルダーとの対話や交流のための身近な拠点としても活用されているわけです。

さらに視点を広げると、オフィスは日常の仕事活動を直接的に支援すること以上の役割も担っていることが分かります。例えば、人材育成のためにOJT(On-the-Job Training)を行うためには、指導される部下や後輩と指導者である上司や先輩が、共に実務の現場に居る必要があります。吉本興業の場合では、指導者と被指導者だけでなく、社員にとっての「顧客」とも言える所属タレント達もオフィスを訪れる機会が増え、「オフィス外の現場」もオフィスに近づいてくるなど、より密度の高い人材育成の場としても役立っています。つまり、オフィスは「教育・訓練」の現場でもあり、この点においても集まることには重要な意味があるわけです。

今日、企業組織を取り巻くビジネス環境の変化は激しさを増し、組織と人材の流動化はいっそう進んでいます。多くの企業組織にとっては、その社会的責任の広がりと共に、ビジネスに関わるステークホルダーは顧客からコミュニティまで広がり多様化しつつあります。そうした状況にあって、集うためのオフィスはビジネスコミュニティの拠点として、狭義の仕事にとどまらない幅広い活動を受け容れることができます。今回の事例は、そんな活動を支える場所の潜在力や、そこを求心力のある場に育てていくための方策について、さまざまなヒントを提供してくれています。

注3:コラム第1回「働き方の変化がもたらす行動と空間のミスマッチ」参照。

岸本 章弘

著者プロフィール

岸本章弘 (きしもと あきひろ)
ワークスケープ・ラボ代表

オフィス家具メーカーにてオフィス等のデザイン、先進動向調査、次世代オフィスコンセプトやプロトタイプデザインの開発に携わり、研究情報誌『ECIFFO』の編集長をつとめた後、独立。ワークプレイスの研究とデザインの分野でコンサルティング活動を行っている。千葉工業大学、京都工芸繊維大学非常勤講師等を歴任。
『NEW WORKSCAPE 仕事を変えるオフィスのデザイン』(弘文堂)、
『POST-OFFICE ワークスペース改造計画』(TOTO出版、共著)。

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