WORKSCAPE INNOVATION

働く風景を変えていくジャーナル。それが「WORKSCAPE INNOVATION」です。次世代オフィスのコンセプトの開発・研究に長年携わってこられた岸本章弘氏がお届けします。

No.06 多様な活動を支える集いの場としてのオフィス 2011.07.25 up

文と写真=岸本 章弘(ワークスケープ・ラボ代表)

場所の「気」を取り戻すプロセス

リノベーションに際して、最初に取りかかった作業は、小学校として長年にわたって追加改修されてきた部分を剥ぎ取り、竣工した昭和4年の原型に戻すことでした。そうした作業を通して徐々に建物が本来持っていた良さが浮かび上がりはじめ、改装プランの検討を進める中でも空間の可能性を感じるようになったといいます。

設計を担当した建築家にとっても、挑戦しがいのある案件でした。実は、この建物は、「日本におけるDOCOMOMO100選」(注1)の一つに選ばれた歴史的建築物です。建物が持つ価値を最大限に残しながらも、オフィスとして求められる機能と環境性能が得られるように、限られた予算内で、建物の耐震性と空間の開放性を向上させ、情報インフラを備え、空調などの設備を一新することが必要でした。

  • 写真3

    写真3:受付ロビーの天井は剥き出しの躯体を丁寧に仕上げている。

  • 写真4

    写真4:各種会議室等が並ぶ廊下。窓の内側の躯体に耐震補強用の鉄骨部材が嵌め込まれ、天井に吊られたラックにはケーブルが整然と並ぶ。

  • 写真5

    写真5:中庭からみた建物外観。左側のガラス張り部分は階段室。

  • 写真6

    写真6:天井の構造体が個性的な表情を見せる体育館には、ホールを中心に置き、周囲に会議室を設えた。

実際にオフィスを訪れてみると、教室と廊下の間の壁を取り払ってつくられたオープンスペース、建物の外観に影響の少ない耐震補強材の構成、天井を張って隠さなくても乱雑に見えない配管や配線のレイアウト、そして躯体の生の表情を活かした仕上げなど、コストと機能・意匠のバランスに配慮した設計・施工上の工夫の跡が随所に見えます。そして、可能な限り原型に戻されたことによって、どこか懐かしい雰囲気の漂う白い建物に囲まれた中庭には芝生が張られ、都心にあって広い空も見える気持ちのいい空間になっています。(写真3-6)

もちろん、こうした作業の前提にはビジネスとしての客観的な判断が不可欠です。移転前の試算によれば、10年契約として初期の改修費と年間の賃料および運用経費などを計算すると、オフィス面積にみあう妥当なコスト水準とのことです。さらに、繁華街に接する独立した建物のため24時間気兼ねなく利用できること、建物から中庭まで変化に富んだ場所があってどこでも撮影ができること、体育館を使えば社員総会や記者会見も自前で開催できることなど、この会社ならではのさまざまな要件を満たしながら運用の自由度が高いことを考慮すると、むしろメリットは大きいと考えられました。

こうしてできあがった開放的な空間では、学校らしい雰囲気の残る素材感を大切にしようと、教室や廊下の木製床などをそのまま活かしています。一部の研修室には学校教室用の机と椅子を再利用し、あらたに追加したオフィス用の家具については、良質で長持ちのする製品を選んでいます。これらのインテリアからは、建物が本来持っていた「気」を取り戻し、それを活かしながら、この場所を長く使っていこうという姿勢が感じられます。(写真7-9)

  • 写真7

    写真7:「教室」をそのまま活かした研修室の一つはクリエイターとスタッフを育成する養成校である「よしもとクリエイティブカレッジ」の講義室でもある。

  • 写真8

    写真8:オフィスエリアの廊下周りの様子。

  • 写真9

    写真9:役員室の内観。木の床や壁の黒板はそのまま残されている。

注1:DOCOMOMO(ドコモモ、Documentation and Conservation of buildings, sites and neighborhoods of the Modern Movementの略)は、1988年に設立された近代建築の記録と保存を目的とする国際学術組織。「日本におけるDOCOMOMO100選」は、2003年9月にDOCOMOMO Japanが日本を代表する現存する近代建築として選定した100件の建築。

RETURN TOP