WORKSCAPE INNOVATION

働く風景を変えていくジャーナル。それが「WORKSCAPE INNOVATION」です。次世代オフィスのコンセプトの開発・研究に長年携わってこられた岸本章弘氏がお届けします。

No.02 多様な人材のマネジメントを支えるオフィス 2011.05.09 up

文および写真=岸本 章弘(ワークスケープ・ラボ代表)

そこで働く人にメッセージを発信する

人材の多様性と流動性が高まり、組織の変化が日常化するとき、マネジメント上の懸念のひとつは、どうすれば組織やチームのメンバー間での問題意識の共有や意思疎通を促し、望ましい組織文化の醸成と伝承がうまくいくのかということでしょう。

写真1:広告代理店Motherのユニークなオフィスインテリア
写真2:広告代理店Motherのユニークなオフィスインテリア
写真3:広告代理店Motherのユニークなオフィスインテリア

写真3〜5:広告代理店Motherのユニークな
オフィスインテリア(設計:Clive Wilkinson Architects)

かつての日本企業で働く人々は、安定的な組織に長く勤めることが普通だったわけですから、いわゆる「同じ釜の飯を食う」ことが自然にできる状況にありました。時間と場所をいつも共有し、コミュニケーションを図り、お互いを知る機会が十分にあったわけです。しかし、今日ではオフィスツールのデジタル化とワークスタイルの多様化によって、そもそもオフィスワーカーの移動と分散が拡大しつつあるわけですから、そこでさらに組織変更の頻度も高くなるということは、人々はいっそうすれ違いが多くなり時間も場所も共有する機会が減るということです。

そして、人材が多様化するということは、いっそう異なるバックグラウンドや価値観を持った人々が出会って共に働くということです。以前のように比較的均質な人材で成り立っていた組織よりも、よりコミュニケーションの時間を必要とする人々が集まるわけです。しかも、第1回のコラムでも指摘したように、仕事の内容が分業型の情報収集から、協働型の知識創造へとシフトしているわけですから、チームとしての働きはむしろ重要になっているのです。

こうした問題の解決のためにオフィス空間ができることとしては、そこで働く全ての人に共通のメッセージを伝えるメディアとしての役割を与えることが考えられます。共有したい情報や目指すビジョン、継承すべき理念や文化などを、一貫して発信する媒体としてデザインするのです。そうすることで、直接出会うことの尐ない人々にも共通の感覚を持ってもらう助けになります。

ちょっとユニークな事例を見てみましょう。写真3~5は、ロンドンの広告代理店Motherのオフィスです。奥行き4m、総延長76mという巨大なコンクリート製のテーブルが目を引く、とてもユニークなインテリアです。このアイデアは、建築家の提案によって実現しました。メンバー全員が一つのテーブルを囲んで活発に意見を交わしていた創業時のワークスタイルを自分達の原点として大切にし、100人を超える規模になった新しいオフィスにおいても表現したい、というクライアントの思いに応えたものです。まさに、全員が一つのテーブルを囲んでいるわけです。

もちろん、これほど大きいと、テーブルを囲む皆が実際に直接会話できるわけではありません。しかし、その形が意味するものは確実に伝わります。新しく入社したメンバーであっても、これを見て背後にあるストーリーを聞かされれば、即座に意味を理解できるに違いありません。そして、ここで働くたびに折に触れてそのストーリーを思い出し、自分たちに求められている価値観を確認できることでしょう。組織内で共有し継承したい行動の「型」を、そこで働く人々に常に意識させるユニークな仕掛けになっているわけです。

いつもそこにある空間を効果的にデザインすれば、その場所を訪れる誰に対しても、共通のメッセージを継続して伝えることができます。オフィス空間は、組織内部に向けたブランディング戦略の媒体としても活用できるということです。

人材を惹きつけ、つなぐ環境づくり

これからの企業にとって、人材はますます重要な資源になっていくでしょう。しかし、その人材が集まる市場は流動化し多様化し、そしてその人口は縮小しています。当然ながら、人材獲得のための競争はますます激化するでしょう。

そうした状況にあっては、自社が求める人材をいかにして惹きつけ、そして育てるかということは、マネジメント上の重要な課題です。もちろんそのための方策はオフィスだけでできるものではありません。先ず、魅力的な仕事と組織、そして納得できる評価と報酬の体系を作りあげることが必要でしょう。オフィスはあくまでもこうした要素を間接的に支える位置付けにあります。それでも、そのデザイン如何によって、空間の持つ効果や潜在力は大きzく違ってくるでしょう。

多様化する人材とワークスタイルをきめ細かく支えながら、流動化する組織全体に対して一貫したメッセージを送り続ける。そんなデザインができれば、オフィスはさらに有効な経営資源になるのです。

岸本 章弘

著者プロフィール

岸本章弘 (きしもと あきひろ)
ワークスケープ・ラボ代表

オフィス家具メーカーにてオフィス等のデザイン、先進動向調査、次世代オフィスコンセプトやプロトタイプデザインの開発に携わり、研究情報誌『ECIFFO』の編集長をつとめた後、独立。ワークプレイスの研究とデザインの分野でコンサルティング活動を行っている。千葉工業大学、京都工芸繊維大学非常勤講師等を歴任。
『NEW WORKSCAPE 仕事を変えるオフィスのデザイン』(弘文堂)、
『POST-OFFICE ワークスペース改造計画』(TOTO出版、共著)。

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